2017年11月11日土曜日

1-19-a ジョゼフ・フーシェ (2)

フーシェ

統領政府の樹立にあたって、警察省は保持された。実際、フーシェなくしてボナパルトは権力の地盤を固めることも、暗殺者の刃から身を守ることもできなかった。彼のみがいまだに闇の中に潜む革命の亡霊どもを召喚でき、そして彼のみが王党派たちの企みを暴き出して、それを阻止することができた。フーシェを通して第一統領は、何よりも望ましいこととしてフーシェ自身を革命主義者と王党派に加担させることなく、両方を叩きのめすことができた。危険人物と思しき者らのリストは丹念に仕上げられ、投獄ないし追放がそれに続いた。死刑は滅多に適用されなかった。フーシェは賢明にも不要な流血は恐怖ならびに嫌悪と憤懣を生み出すと気づいていたのだ。よって死刑は、彼の言葉を借りるならば、「犯罪よりなお悪い、過ち」だった。彼の隠密行動がどれほど穏健だったかについてだが、彼の挙動の大部分は完全に闇に包まれており、それは全知の神のみぞ知るところである。賞罰を執行可能な専制国家はそのための十分な手段を備えているものである。そして、それはただ悪事を働くと思しき人物の目星をつけるだけではなく、そのような人物をその目的の為に頻繁に雇い入れていた。

警察長官は過去の悪名(それは幾ばくか人気を集める要素になっていたかもしれないが)を包み隠すことにあまりに苦心していたため、表面的に主君の横暴な意図をただ諾々と遂行する道具ではあり続けなかった。共和主義者の筆頭と見なされていたフーシェは、かつて死に物狂いで敵対していた王党派の好意を確保しようと熱望していた。彼は突如王党派を大事に扱いだすと、訪ねてくる旧貴族たちを客間に迎え入れた。ある者はそうした貴族らの古き血統に由来する名誉を汚さぬよう擁護し、またある者は彼らが悪名高き人物と接触をもって自身を汚したと軽蔑した。それ以外の者たち(それは懸念されるほど大多数であった)は、利益の為に名誉を犠牲にし、新しい統制機関を是認した。否、彼が雇い入れたスパイの中にこうした貴族の名は少なからず見受けられたのである。彼らは共和主義者と同じくらい王党派を嗅ぎ回っていた。読者はいっそう驚くだろうが、ジョゼフィーヌ自身もスパイのリストに名を連ねていた。なんと彼女の夫の挙動を探っていたのである!しかしながら、ナポレオンを害する情報は何であれ、警察長官も要求せず、ジョゼフィーヌ自身もまた伝達しなかったと容易に想像できる。だが、もし『フーシェ回顧録、第一統領の密偵』の記載を信用するならば、フーシェの手先の中で最も有用だった者として、
「その能力は認められつつも、貪欲さよって速攻で名を汚したこの男は、あまりに金への渇望を露わにしていたので、あえて名前を挙げる必要はないだろう。*  書類の保管場所であれ、主君の機密であれ、彼は見つけ出したので、私は第一統領の身辺を見張っておくために、月に10万フランを費やした。彼は、幾ばくかの金とともに、私の対策を終わらせるよう仕向けるアイデアを思いついた。彼は私を訪ねて来ると、もし私が彼に月2.5万フランを渡せば、ボナパルトの行動の全て教えると持ちかけてきた。彼はこうすることで、一年のうちに90万フランの貯金ができると言いたてた。統領の足跡を私はハラハラしながら辿っていたので、この腹心の秘書を雇うことで、かの統領が何をしていたかだけでなく、何をしようとしていたか把握できるチャンスを逃すつもりはなかった。私は提案を受け入れ、毎月彼は2.5万フランの見返りとして警察省の戸棚の上に置かれた指示書を受け取った。彼の手際の良さと情報の正確さは賞賛するに足るものだった。」「私はこうすることで知りたがっていたことを正確に把握することができた。私はジョゼフィーヌの情報網を用いて、秘書官の情報網に修正を加えることができ、またジョゼフィーヌのものを秘書官のもので手を加えた。私は全ての敵を集めたよりも強くなっていた。」
フーシェの慎重な身の処し方はかなり意図した通りの効果をもたらした。人々の多くは、彼のかつての犯罪行為は世情に迫られたものであり、現在の抑制した振る舞いは彼が本当に暴力を嫌っているからであると思っていた。彼がその職掌において行った非道は確かに十分苛烈であったが、彼にとって幸運なことに、それらは一般に知れ渡らなかった。取り調べさえも、これ以上ないほど謎に包まれて進められていた。彼の善行は喧伝され、そしておそらく、それが予期せぬことから一層賞賛を浴びたのだった。だがフーシェが得意になり始めたこの名声は第一統領にとっては決して愉快なものではなく、むしろ彼が持ち得る強権でもってして警告すること無しに静観できない類のものだった。各派閥の状況について深く知悉するフーシェは、ある一派を従わせている一方で、もう片方の一派からは擦り寄られており、そして全方面から恐れられていた。無数にいる手下を用いて、散在する反政府分子をいかなる時であろうと一箇所にかき集めることができるフーシェは、その危険極まりないポストにずっと収まり続けることが許されるにはあまりにも手強い存在であった。これにつけ加えるならば、ボナパルトはフーシェを通じて彼の情事がジョゼフィーヌに筒抜けになっていることに十分気づいていた。国家元首たる者が諜報システムに翻弄される有様について、フーシェは愉快な証言をしている。
「ある日ボナパルトは、私の定評のある才能を念頭に置きつつ、私がその機能をよく果たしておらず、私が知りえない出来事が何点かある事が意外だと述べた。『ええ』と私は返答した。『私が知らない物事は確かに存在しましたが、今はよくそれらを知っております。例として、ある小男が灰色のコートに身を包み、従者を一人伴って、時折トゥイルリ―の秘密の扉から暗夜へ忍び出ると、有蓋馬車に乗ってG嬢のもとへ向かいました。この小男は閣下です。ところで、この気まぐれな歌手はバイオリン弾きのローデに惚れ込んで、ずっと閣下につれない態度ですな。』統領は一言も言い返さず、背を向けると、呼び鈴を鳴らした。私はすみやかに退出した。」
これまでに述べた理由、またそれ以外でも容易に想像できる理由(中でも、フーシェが爆破装置の爆発を予測し、阻止できなかった事は疑いもなく理由となった)のため、アミアンの和約ののち、警察省は廃止される。だが彼は主人のために幾度も危険を知らせてきたので、ナポレオンは気前よく報いることなしに彼を免職できなかった。彼はエクスの代表議員のポストと莫大な金を与えられた。

サン=ニケーズ街の陰謀(1800年)

*ナポレオンの秘書ブーリエンヌだと本書では示される。

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